不昧公が藩主になったころ、藩財政が大変窮乏していました。 財政を立て直すため、家老朝日丹波を中心に、きびしい御立派(おたては)の改革を行いました。
倹約につとめ、治水事業や新田の開発を行って財政の基盤を整えたり、薬用人蔘、ろうそく、砂鉄の生産などを奨励し、漆工や陶器など文化的な工芸も振興しました。
一方、財政再建が実現し藩が豊かになると、古今の名器を収集し、その保護に力を注いだといいます。
収集品として「道具帖」に518点、「雲州名物」では580点があげられており、その中には現在国宝などに指定されているものも少なくありません。
不昧公は茶道のほか広く諸学にも優れ、禅学では円相の公案により茶禅一味を悟り、不昧の茶道形成に重要な役割をはたしました。
そのほか、書道や和歌・俳句・画賛等の諸芸にも秀でており、多くの作品が残されています。
[戻る]