不昧公の晩年
不昧公の晩年は、茶の湯三昧の悠々自適の生活でした。 楽山(らくざん:現在の松江東部)や玉造温泉で保養した折には、手焼の茶碗や茶杓など自ら楽しんで作り、江戸大崎では、大崎庭園を築くなど茶禅一味の境地を過しました。

松江から江戸に向かう途中では、京都の孤篷庵(こほうあん)に竣工した茶室大円庵の御披露目の茶会も催しています。

不昧公は、文政元年(1818)4月24日、大崎において68歳の生涯を終えています。
東京芝の天徳寺に葬られましたが、松江藩の菩提寺である月照寺(げっしょうじ)には、不昧公の墓が松江城を望む地に建てられており、その廟門は現在も静かなたたずまいをみせています。


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