法律よもやま話11    

弁護士 松 原 三 朗  クレアヒルだより 第17号(平成16年1月)
     

   

  前回に引き続き相続の話です。前回は両親の面倒を見てきた長男夫婦が弟妹に平等の相続権を主張された為、家を売却して分配せざるを得なかった例、逆に生前贈与で長男に家、土地の名義を移してしまった為、その後次男の世話になることになってもその家、土地を取りもどせない例を紹介し、今回はその様な場合どうしたらよいかをお話する約束でした。
 答えは遺言です。遺言をしておけば、自分がもっている財産を自分の死後、誰に、どのように取得させるかを自由に決められます。例えば、老後の面倒をみてくれた長男夫婦に家、土地はもとより預金や株、家財など全てやりたいと思えば、「全財産を長男○○に相続させる」と遺言すればそれで充分です。又、例えば家、土地は長男に、預金や株は次男や長女にやりたいと思えば、「家、土地は長男○○に相続させる。預金と株は次男○○と長女○○に半分ずつ相続させる」と遺言すればそれで有効です。又、相続人以外の第三者に例えば預金のうち1,000万円をやりたいと思ったら、「○○に預金のうち1,000万円を遺贈する」と遺言すればよいのです。相続人に対しても「遺贈する」としても当然有効ですが、最近は相続人に対しては「相続させる」と表現し、相続人以外の人に対しては「遺贈する」と表現するのが一般的です。
 遺言の内容に不明の点がある場合でも、最大限遺言者の意志を解釈して有効にしようとするのが裁判所の一致した立場です。私がやった裁判で「松江市○○町の土地の名義を長男○○にするように司法書士に命じた」という遺言が有効か無効かが争われたものがあります。長男○○はこの遺言は○○町の土地を自分に相続させようとの意志を表明したものだ、と主張しました。他の相続人は単に過去の事実が記載してあるだけで、土地を長男にやるとの意志表明ではないと主張しました。裁判所は、長男の主張を認めて遺言を有効としました(私は長男の相手方代理人でしたから敗訴してしまいました)。
 又、「長男をもり立てて兄弟仲良く頑張るように」との遺言が全財産を長男に相続させるものか否かが争われたケースもありました。これは流石にとてもそこまでは解釈できないとして長男の主張は通りませんでした。
 このように、せっかく遺言しても内容が不明では意味がありませんから、自分のどの財産を誰にどのように与えるのかを明確に述べることが大事です。
 遺言のやり方は2つあります。口頭での遺言は全く効力がありませんから、例え死ぬ間際に病院のベット脇に相続人を全員集めて「家、土地は長男にやるから皆承知するように」と言い残しても何の効力もありません。
 1つは自筆証書遺言です。これは遺言の内容(例えば全財産を長男に相続させる)を自分で書き、日付を明記し、署名押印します。必ず自書することが有効用件ですから、字が書けない為妻に代筆してもらっても無効です。ワープロやパソコンで作成してもだめです。但し、カーボン紙で複写したものは有効とされています。日付については平成の2月29日と書いた場合は2月末日のことを指しているので有効だとされていますが、2月吉日と書いたら一体2月の何日に作成されたものかわからないので日付のないものとして遺言は無効となります。押印は拇印でもよろしいですが、サインはだめです。
 このように自筆証書遺言はうっかりすると無効になることがありますし、折角書いた遺言書が無くなってしまうこともありますし、遺言書をみて自分に不利な事が書いてある場合破りすててしまうこともありますから、私は2つの目の方法、即ち公正証書による遺言を勧めます。
 公正証書遺言は公証人役場に出向き、公証人に遺言の内容を口頭で説明します。公証人はその内容を聞き取り、公正証書に作成します。その際証人2名が必要ですが、普通は公証人役場で準備していますから、遺言者が連れて行かなくても大丈夫です。費用がかかりますが、相続財産が数千万円程度であれば10万円以内です。公正証書遺言の正本は公証人役場に保管してくれます。そして謄本をくれますからそれを所持しておけばよく、万一謄本を無くしても正本が公証人役場にありますから心配はいりません。又、何回でも作成し直すことが可能ですから、去年の遺言では全財産を長男にやるとしていたけど、長男の嫁が余り面倒をみてくれなくなったと思えば、遺言を作り直して次男に半分やるとしても一向にかまいません。遺言のやり直しは自筆証書でも当然可能で何通もある場合は最新のものが有効です。だからこそ必ず日付が必要なのです。
 遺言は然しその内容に絶対的な効果が無い場合があります。それは「遺留分」というものですが、紙面の都合上次回に説明します。