法律よもやま話19   

弁護士 松 原 三 朗 クレアヒルだより 第25号(平成19年3月)

  

   

 最近テレビや週刊誌などで戸籍のない子供の問題が時々取り上げられています。
民法733条は「女は、前婚の解消又は取り消しの日から6ケ月を経過した後でなければ再婚をすることができない」と定めています。
 例えば離婚して3ケ月後に別の男性と再婚した女性が、離婚後、8ケ月(再婚後で言えば5ケ月後)に出産したとします。生まれた子は前夫の子だろうか、新夫の子だろうかがよく分らないという事態が生じてしまいます。そこで、民法は6ケ月間の再婚禁止期間を設けて、生まれる子供の父親が誰か混乱しないようにしたのです。
 離婚前日に最後の思い出にと性的関係をもって、その結果妊娠した場合でも、次の婚姻まで6ケ月間おけば次の婚姻の時には妊娠6ケ月の状態ということになります。次の結婚当日から新夫との間で性的関係を持っても、女性は既に妊娠6ケ月の状態なので、新夫との間で妊娠することはなく、従って新夫との婚姻から4ケ月で生まれる子供は前夫との間の子ということになる訳です。
 然し、この条文は少し変です。つまり、離婚当日までは前夫と性的交渉があり得るという前提と、再婚するまでは新夫との性的交渉はないという前提がなければ意味のない規定です。
 民法を作った学者さんは清く正しい生活をする人達でしょうから、そういう道徳観はあるかも知れませんが、普通の一般市民はどうでしょうか。
 ここでいう結婚とは、婚姻届けを市役所へ出すことです。離婚とは、離婚届を市役所へ出すことです。届けを出さない限り法律上は例え夫婦同然として共同生活をしていても、婚姻したことにはなりません。然し、実際には婚姻届を出すまでに交際をしたり、同棲したりして性的関係をもつのが普通です。又離婚届けを出すまでに相当の期間別居をしたり、少なくとも不仲の状態が続いている筈なので、離婚前日まで性的関係をもつことがないのが普通です。現代社会は民法が前提とする清く、正しい関係は成り立たないのです。
 同じ事は民法772条2項にもいえます。
 民法772条2項は「婚姻の成立から200日を経過した後、又は婚姻の解消、若しくは取り消しの日から300日以内に生まれた子は婚姻中に懐胎したものと推定する」と定めています。
 結婚してから性的関係を持つ事が前提となっているので、結婚してすぐ妊娠しても200日(約7ケ月)経過しているので、婚姻してから妊娠したものと扱ってよいという訳です。この規定だと婚前交渉によって妊娠し、、あわてて婚姻してそれから2ケ月後に出産しても婚姻中に懐胎したものと推定されないことになります。
 又、逆に夫の暴力から逃れる為、身を隠すようにして生活していた女性が、新しい男性と知り合って交際し、妊娠したので、裁判をして何とか離婚した、という場合でも、離婚届を出してすぐの頃出産しても離婚から300日以内に生まれた子ということで前夫との間の子として推定されてしまいます。
 その為、新夫との間の子として出生届を出そうとしても、市役所は民法772条2項の推定規定があるため、新夫との間の子としてnの出生届を受理しません。受理してもらう為には、この推定規定を無効ならしめるため前夫から嫡出否認の訴を起こしてもらうか、親子関係不存在確認の訴を起こしてもらうということをしないといけません。然し、暴力を振るうような前夫だとそんな事に協力しないのが普通でしょうからそうなればどうしょうもありません。新夫との間に生まれた子は出生届が受理されないまま成長し、無戸籍者となってしまうという訳です。
 今はDNA鑑定などで誰と誰の間の子かという問題は殆ど100%の確率でわかります。医学の水準を前提とした法律の改正が必要です。でもそれまでは、婚姻届けを出すまでは民法の学者さん方の道徳観に従って清い関係を保つ生き方をするしかないでしょう。