法律よもやま話22  

弁護士 松 原 三 朗 クレアヒルだより 第28号(平成20年3月)

  

   

  三浦知義さんが、再びアメリカの司法当局に逮捕されましたネ。あの事件は今から27年も前の昭和56年に起きた事件なので、若い人の中には知らない方もおられると思いますが、我々中年の者には衝撃的な事件でした。事件の内容は、1981(昭和56)年11月にロサンゼルス郊外で三浦さんの妻の一美さんが何者かに射殺され、三浦さんは、柩にとりすがって「一美、一美」と号泣し、それを見た日本人は皆亡き一美さんと愛妻を失った三浦さんに同情の涙を流し、アメリカの治安の悪さを恨んだものでした。
 暫くすると、一美さんには多額の保険金がかけられており、それを受け取った三浦さんは喜々として乱交パーティに明け暮れている生活振りが週刊誌に出たりして俄に雲行きがおかしくなりました。そのうえ、その事件のわずか3ケ月前にも一美さんがロスのホテルで何者かに襲われ殺されかけたという事件があったことまで発覚しました。
 三浦さんは一美さんの殺害容疑で逮捕され起訴されましたが、東京地裁では有罪になったものの東京高裁で逆転無罪となり、最終的には平成15年に最高裁で無罪が確定しました。なおその3ケ月前のロスのホテルで一美さんが襲われた事件では、実行犯の日本人元女優が三浦さんに頼まれて一美さんを殺そうとしたと供述し、元女優は懲役2年6ケ月の実刑、三浦さんは懲役6年の実刑判決が同じく最高裁で確定しています。
 同じ最高裁が、ホテルでの事件を有罪とし、ロス郊外での銃撃事件で無罪としたのは何か変だとは思います。
 でも刑事裁判では有罪であることに合理的な疑いを入れる余地のない程度の立証が求められていますので、いくら怪しくても確実の証拠がない限り有罪とはできないので、納得するしかありません。
 カリフォルニア州の司法当局が、日本の最高裁判所で無罪が確定した事件について、それも27年前の、犯人も被害者も日本人である殺人事件について、今頃になってどうして蒸し返すのかが、我々日本人にとっての最大の関心事です。日本の最高裁が無罪としたのに、アメリカが今さらぐだぐだ言うな、内政干渉だ、という気分の人が多いのではないでしょうか。マスコミではこのような下品な表現はしないので、「一事不再理」の原則に違反するのではないか、という表現で問題定期しています。そこで私も上品に一事不再理の問題として取り上げてみます。
 一事不再理とは、一つの刑事事件で一旦裁判が行われ、判決が確定した場合、再び蒸し返して審理をする事は許されないとする原理を言います。
 かつてカリフォルニア州では、この一事不再理原則が法で定められていました。然も同じカリフォルニア州で受けた裁判だけでなく、アメリカの他州で受けた場合も含んでいました。従って三浦さんの無罪が日本の裁判で確定した場合でも、再びカリフォルニア州で審理をし直すことは出来なかったのです。然し、カリフォルニア州はメキシコと国境を接しており、メキシコ人がカリフォルニア州に来て犯罪を犯し、逮捕されそうになるとメキシコに逃げ帰るという事件が頻発しました。殺人も多く、被害者の中には警察官もいました。
 ところがメキシコに逃げ帰った犯人はメキシコで裁判を受けても、証拠もろくろくないので無罪になったり、殺人も傷害致死として寛大な刑であったりで、厳重な処罰を受ける事が少ないという事態が生じました。そこでカリフォルニア州では、自分のの州で起きた事件は、他の州や他の国ではどのような裁判を受けようと、カリフォルニアの裁判所はそれに拘束されることなく、独自に裁判をして犯人を裁くという事に法律を変えました。それが、4年前の2004(平成16)年のことです。
 従って今は、日本で無罪が確定した事件も、蒸し返してカリフォルニア州で裁判をやり直すことができることになり、あわれ三浦さんは再び逮捕されたという訳です。
 三浦さんについて新たな証拠が出たのではないか、だから再び逮捕されたのではないか、との推測がありますが、私は新たな証拠はないと思っています。むしろ、せっかく苦労して捜査して集めた証拠でカリフォルニア州では充分有罪と出来たのに、なまじ日本の裁判所に任せたお陰で無罪となってしまったが、一事不再理の法律が改正されたので今度はカリフォルニアに引っ張ってきて有罪にしてロス市警の面子を守るのだ、というのが本音ではないか、と推測しています。