法律よもやま話27 

弁護士 松 原 三 朗 クレアヒルだより 第33号(平成21年12月)

  

   

 女優の酒井法子が覚せい剤に手を出して逮捕され、裁判を受けました。私は『ひとつ屋根の下』というテレビの劇を観て、何と可愛い女の子だろうと感心し、たちまち彼女の大ファンになったのに、誠に残念なことです。
人間という生き物は他の動物と違い、やれお茶だ、コーヒーだ、酒だ、煙草だ、大麻だ、覚せい剤だと、自然の食べ物以外に実に色々な異物を体内に取り込む性癖をもっています。 国家権力は、国民が一生懸命働いて経済発展を遂げ、国民生活を安定させ、以って国体を護持する為に、どこまでの嗜好を許し、どこからを禁止すべきかを常に考えています。コーヒーも酒も煙草も一切禁止するとなると、我々の生活は味気ないものになってしまい、労働意欲まで無くしてしまうので、少々の害はあるものの許しています。 他方、覚せい剤などは健康に極めて悪く、自らの肉体も破壊されるうえ、他人にも危害を加えるなど、こんなものが社会に蔓延しては国家の崩壊につながるとして、厳禁にしています。
 私は、自分では覚せい剤を使わないのですが、これまで何十件と覚せい剤事件の弁護人をやってきましたので、覚せい剤を使った時の状態は被告人の話や取調調書で大体分かっています。 兎に角気分が爽快になります。悲しいことがあって気分が落ち込んでいても、頭痛や体調不良があっても、覚せい剤を使えばスーっと気分が晴れて、我が世の春のような気分になります。体調もすっきりします。眠気も吹っ飛び、頭はシャキっとします。正に心身ともに覚せいします。
私が刑事事件として弁護した中で、100人からの暴走族の幹部の人がいました。彼はちょっと性格がひねくれていたため、徐々に仲間から疎外され、やがて暴走族の誰からも相手にされなくなり、孤独感にさいなまれていました。そこで、話に聞いていた覚せい剤を使ってみたところ、気分が晴れて本当に楽しい気分になりました。どんどんはまり込んでいったところ、幻覚症状が出ました。体中の表面を毛虫のような虫が這いずり回りだしたのです。更に部屋の天上や壁から、じーっと人が睨んでいて、今にも飛び出して自分を殺そうと狙っていたのです。彼は怖くなって、自分で警察に電話して助けを求め保護されましたが、当然覚せい剤の使用がバレてしまいました。 彼は逮捕から裁判まで2ヶ月間警察に留置されましたが、その間仏教に帰依し、熱心な仏教徒になりました。裁判の時も経典を持参し、自分の行為は仏の教えに反していたと涙を流して反省し、更生を誓いました。その真摯な反省の態度に裁判官もほだされ、暴走族時代に前科があったものの、懲役1年6ヶ月、執行猶予3年という再度の執行猶予が付された恩情ある判決となりました。執行猶予の判決が出て、裁判官にも検察官にも私にも心から礼を言って釈放され、社会復帰がかないました。 
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  その3日後、警察から連絡がありました。彼を覚せい剤使用で逮捕したが、私に弁護を頼みたいと言っているので伝えておく、というものでした。 覚せい剤の最も怖いところは常習性です。どんなに固い決意も、一旦味わった魅力には勝てないのです。特に心身がつらい時思い出します。よく禁煙なんか簡単だ、俺はもう30回もした、という笑い話もありますが、煙草より、酒より、覚せい剤を断つことの方が難しいと私は思います。 どうするか。 そうです。覚せい剤の魅力など初めから知らないことです。