法律よもやま話30
 

弁護士 松 原 三 朗 クレアヒルだより 第36号(平成22年11月)

  

   

   

  最近、刑事事件がからむ国家的問題が多いと感じませんか?

   

第1は、尖閣諸島問題です。中国の漁船が勇猛果敢に海上保安庁の巡視船にぶつかってきたことに対し、海上保安庁が中国人船長を公務執行妨害罪で逮捕しました。中国は、尖閣諸島は中国の領土であるから、日本国内でしか適用することのできない公務執行妨害罪は成立しないのに、逮捕したのは不当である、直ちに釈放しろ、とねじ込んできました。※

 (※刑法第1条で、「この法律は日本国内において罪を犯したすべての者に適用する」としています。つまり刑法によって処罰されるのは、日本国内において罪を犯した者であって、外国で罪を犯した者には、日本の法律である刑法は適用されません。もっとも、刑法第3条は「この法律は日本国外において、次に挙げる罪を犯した日本国民に適用する」として、例えば殺人罪を挙げています。従って、アメリカ人がカリフォルニア州で殺人を犯しても日本の刑法は適用されませんが、日本国民である三浦和義さんがカリフォルニア州で殺人を犯せば、日本の刑法が適用されます。)

 尖閣諸島が中国領土であるとすれば、中国人船長が例え日本の海上保安庁の巡視船に体当たりしてきても、日本の刑法の公務執行妨害罪は成り立たないことになります。すると中国の抗議に応じて船長を釈放したのは、尖閣諸島を中国の領土と認めたとも解せられ、領土問題で中国に屈したとして、国民の批判をあびることとなりました。
 私は、船長の釈放そのものより、これは国家間の領土問題であり、菅内閣が先頭に立って問題解決に当るべきところ、釈放を那覇地検の刑事訴訟手続きにおける独自の判断だったとして、逃げの一手に出ている点が大問題だと思います。本当に那覇地検の判断に任せたのなら、国家の重大問題に何ら対処しなかった菅首相は、首相の資格なしというべきです。

 

第2は、尖閣諸島問題に関連して流出したビデオの問題です。国家公務員法第100条は、「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」と定められ、これに違反した場合は同法109条で、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」となっています。

 ビデオ録画が秘密といえるかが問題となりますが政府の対応のまずさから、保安官に国民的同情が寄せられています。然し私は公務員はみだりに情報を公開すべきではないと思います。国民の知る権利は、政府がきちんと対応すべきで、公務員の責務と政府の責任は峻別すべきだと思います。

第3は、小沢さんの強制起訴です。
 私も、小沢さんは4億円の土地購入資金についての秘書の処理については知っている筈だと思います。検察審査会の委員の皆さんも、一般庶民の感覚からして、4億円もの大金の処理を秘書が独自の考えでできる筈がないと判断したもので、正当な判断だったと思います。検察審査会が1度目に起訴相当と決定したら検察庁は再検討し、矢張り不起訴としたのに対し、検察審査会が再度矢張り起訴相当と決定したら、小沢さんは強制的に起訴されることになります。この場合、検察官に刑事裁判を任せては本気でやらない可能性があるので、弁護士が検察官役となって本気でやります。

 小沢さんの事件の検事役の弁護士の大室さんは、私と同期で親しくしています。司法修習生時代に、独身の彼が結婚していた僕の家で、僕の妻の手料理を食べた時の褒め言葉が、「奥さん、腹が減っているので、全部すごく美味しいです。」でした。今でも、からかうと彼はショボンとなります。

第4は、大阪地検特捜部の証拠偽造です。検察のホープ、超エリート検事がこんなことをするとは、同じ法曹人としてとても信じられませんが、本人は認めているので、実際にあったことは間違いないでしょう。エリートはその名声を絶対に傷つけたくないものでしょうか。人生の思わぬ、然も脱出不可能な大きな落とし穴に落ちたものです。