法律よもやま話4    

弁護士 松 原 三 朗 

クレアヒルだより 第10号(平成14年3月)

    

   今回はセクシャルハランスメントの話です。 

セクシャルはsexual(性)という形容詞で、ハラスメントとはharass(苦しめる、悩ます)の名詞でharassment(悩ますこと)、合わせて性的いやがらせと訳されています。セクハラは今や誰でも知っている流行語となりました。横山ノックさんのお陰もあるでしょう。
 松江地方裁判所管内でもセクハラを巡る裁判が激増しています。理由は2つあります。1つは、それ迄泣き寝入りしていたセクハラ被害の女性が、公の場で堂々と加害者男性に制裁を加えるべきだとの意識が高まったことです。もう1つは、松江には女性弁護士が2人おりますが、いづれも非常に活発な活動をしており、セクハラにあった女性の被害救済にも熱心に取り組んでいて、被害女性が相談し易く、又、たち上がる勇気を与えてくれるようです。
セクハラの難しいところは、同じ行動でもその相手方がどう受けとめるかによってセクハラになったりならなかったりす るという点です。
 例えば「あんた、いいおっぱいしてるね」とボインの女性に言ったとします。それを自慢にしている女性が「あらほんと、有り難う」と喜べば、それはセクハラにはなりません。逆に胸のことを言われるのが不愉快だと思う女性が「どうして人の体のことをそんな風に言うのよ。放といてよ」と感じたら、それはセクハラとなります。然し、相手が嫌がらないことを見込んでセクハラとなり得る言動をとることは厳に慎むべきです。基本は、セクハラ的言動は一切とらないことです。かく申す私も下ネタは好きだし、得意ですから、気をつけねばいけません。
どんなことをしても相手方が不愉快に思えば即ちセクハラか、となると、そうでもありません。平均的な女性の感じ方としてどうか、というのが基準となります。
 例えば、残業が終わって帰宅するとき、上司が「遅くまでお疲れさん。気をつけて」と、ポンと女子社員の肩をたたくという行為は、中には女性の体に触ったりしていやらしい、と感じる特異な人もいるかも知れませんが、普通の女性の感覚ではいやらしいとは感じないでしょう。然し、「遅くまでお疲れさん。気をつけて」といって胸に触ったり、お尻に触ったりしたら、特異な人は喜ぶかもしれませんが、普通の女性は嫌がります。 
セクハラの難しいところのもう1つは、1対1の水掛論になるところです。横山ノックさんのケースも、女性は選挙カーの中でスカートに手を入れられたと主張し、ノックさんはそんな事は全くしていない、濡れ衣だといって逆に告訴した位です。私が現に担当している裁判でも同様です。会社の上司と部下の女性がラブホテルで事に及んだ、というケースがあります。女性は勤務時間の変更を上司に頼もうとしたら、その上司が静かな所で相談にのるといってモーテルへ連れていかれ、半ば強引にセックスを迫られたと主張し、上司という立場を利用したセクハラだと主張しました。
これに対し、上司は女性こそ静かな所で話を聞いてもらいたいというからモーテルに入った。そしたら彼女は自分からベッドに横たわり、ピアスやネックレスをはずしたので、これは誘っていると思い、「据え膳食わぬは男の恥」とばかり事に及んだ、女性も喜んで事に応じた、と主張しました。どちらにも殆ど決めてとなる証拠はなく、どちらの言い分が正しいか難しい事案でしたが、結局裁判所は女性を勝たせました。
 セクハラは2人だけの場所で行われることが殆どで、男性が否定する限りセクハラと認めないとなれば、大多数の事件が証拠不充分で敗訴してしまいます。女性が恥をしのんで立ち上がり、裁判を起こしたこと自体が1つの有力な状況証拠だとみる訳です。従って、裁判を起こされること自体男にとって種々不都合、不利益が生じます。ま、李下に冠を正さず、で清く正しい行動をとるよう心掛けるしかありません。 
セクハラ裁判では、どれくらい賠償金が認められているでしょう。
横山ノックさんは、1,100万円でした。日銀東京支店長のケース(部下の女性の体を触ったり、メールで交際をしつこく迫る)では680万円、東北大学教授が大学院生に交際を迫ったり、2回ホテルで肉体関係をもったケースは750万円でした。キスや体に触る、無理矢理抱きつくといったセクハラでは回数にもよりますが、50万円〜200万円位が認められています。酒の勢いで普段から可愛いと思っていた部下につい抱きつきキスを迫った、という1回だけの行為で80万円というケースもありましたが、さて、皆さんは高いと感じますか、低いと感じますか。