法律よもやま話7    

弁護士 松 原 三 朗  クレアヒルだより 第13号(平成15年1月)
     

   

 前回に続いて刑事事件の話です。
 つい先頃、和歌山のカレーヒ素混入事件について、林真須美被告人に死刑判決が言い渡されました。
余談ですが、山陰中央新報一面トップ記事では、真須美被告となっていましたが、被告ではなく被告人です。民事裁判では訴えた人を原告、訴えられた人を被告と言います。刑事裁判では訴えた人を検察官、訴えられた人を被告人、被告人を弁護する人を弁護人と言います。
 被告と被告人の区別は裁判と無縁の人には馴染みのないことですから、テレビなどでもよく間違えて言う人が多いですね。
 真須美被告人は、自分の裁判の戦術として徹底した黙秘の作戦を取りました。おそらく、弁護団の方針に従ったものと思います。勿論黙秘権は、憲法第38条により「何人も自己に不利益な供述を強要されない」と規定されているとおり憲法で保障された権利ですから、黙秘したことをもって刑事裁判上不利益になることはありません。今回の裁判でも判決の中で、その旨は強調されています。でも、我々一般市民の感情としては、「不利益」な供述を強要されないから「黙秘する」ということは実際は罪を犯したに違いないとつい思ってしまいますよね。
 私が真須美被告人の弁護人なら、黙秘の作戦は取りません。真実やっていないのなら、自己に有益な供述となる訳ですから、堂々と当日の行動を説明したほうが良いに決まっています。又、真実やったことなら、素直に認めたうえで、殺意を争ったほうが良かったと思います。人を殺そうと思ってヒ素を混入すると殺人罪です。殺してやろうとまで思わななくても、死んだら死んだでかまわないと思ってやった場合でも(これを未必の故意と言います)殺人罪です。他方、下痢や薬物中毒で苦しめてやろうと思っただけで殺そうとまで思っていない場合は、傷害致死罪です。殺人罪は死刑や無期懲役はありますが、傷害致死罪は2年以上の有期懲役だけですから、例え、100人が死んでも死刑や無期懲役を受けることはありません。もっとも、ピストルで頭を撃っておいて単に傷つけてやろうと思っただけだと弁解しても通用しません。然し、真須美被告人の場合は自分の母親や、夫、マージャン仲間にさんざんヒ素を飲ませながら、結局1人も死んでいませんから今回もまさか死ぬとは思わなかったとの弁解は説得力があります。そうなると、同じ有罪でも死刑判決はなく、せいぜい20年前後の有期懲役で又社会へ戻れた可能性があります。もっとも、そんなことで死刑を免れるとはけしからん、そんなことを言う弁護士こそ悪徳弁護士だとの意見も聞こえてきそうですね。