「暇人IN大連外国語学院2」(大連外国語大学)
第10回「分别就是我的辈子」(2007年09月15日/更新)

(後書き:さよならだけが私の人生)
「暑假短期班」は8月24日に送別会を実施しました。

送別会は※港湾広場付近の餃子が評判の店で行われましたが、餃子のみならず、他の料理も皆美味しい!!私達は皆、料理をどんどん胃袋に納めてゆきました。また、各自のEメールアドレスを交換したり、写真を撮ったりと賑やかな雰囲気のまま終わりました。

(ええっと、申し訳ありません、暇人、店の名前を失念してしまっているのですが、「港湾広場付近の満族の餃子店」と言えば、大連に詳しい人なら大抵理解してくれます。ツアー客も訪れるようです。)

「開発区に遊びに来てください」

「私、大阪なのですが、もし来ることがありましたら是非…」

私は彼らの話を遠くに聞きながら、今までの事を思い出していました。

最初の頃は30人を数えた初級高班でしたが、最後の授業は10人足らず、皆で教科書に載っていた《友谊地久天长》と言う中国語の歌を合唱して終わりました。

友情は永久に続くのか…、旅順へ行った二人の友達とは恐らく、そう頻繁に連絡を取る事はない。部屋に貼った皆との写真も、結局いつかはその存在を忘れてしまう。青島ビールは軽くて美味いが、いくら飲んでも酔う事はない。決して良き友達と言える事はない。

自室に戻った暇人は、自嘲気味にジョニ黒を流し込み、一人遊びをしようと、学校のトレーニングルームにやって来ました。

「Hi!」聞きなれた声が私を出迎える。

リダさんがトレーニングルームで自転車を漕いでいました金髪美人と年甲斐もない「おセンチ野郎」は、お互いが使える中国語を使ってコミュニケーションを取りながら、一時間ほど汗を流しました。

リダさんはウラジオストックに帰ってしまいますが、今後も引き続き中国語を勉強して、大学を卒業したら香港で働きたいと言っています。大連と香港はまたえらく離れていますが、仮にも同じ国内にいれば、出会うこともあるかも知れない。

暇人はリダさんと別れた後、自室で天井を見上げながら、しかしもっと勉強して、中国で生き残れる人材にならなければ二度と彼女には会えないだろう、などと前向きとも後ろ向きとも考えられるような事を思いながら眠りにつきました。

☆ ☆☆

皆様、「暇人の激闘?!搬家・暑假短期班編」をお読み下さいましてありがとうございました。

日本はきっと残暑厳しい毎日のことでしょう、懐かしいと言うほど海外暮らしが長いわけではありませんが、実際気候が違うとそれだけで面白く感じます。

さてさて、夏休みの授業も終り、家庭教師もいなくなったので、また新学期に向けて新しい人を探さなければなりません。

今度の家庭教師も女性か?!ご期待ください!!(何を?)

ええっと、暇人が野垂れ死んでなければ、皆様の面前にまた私の拙い文書を広げさせて戴こうと考えております。

では、それまで暫くお別れです。

予告(仮称):「暇人VS中级汉语!届くか本科への道!」でお会いしましょう!!

補足文


※港湾広場(港湾广场・がんわんぐぁんちゃん):大連港の近くにある広場です。ロータリーの真ん中にはジャンク船のレプリカが飾ってあります。