石見刀について
 古刀期(平安時代中期(901年頃)から安土桃山時代末期の1595年(文禄4年)頃までに製作された日本刀の時代区分)に於ける石見刀は出羽刀(邑智郡邑南町出羽)と長浜刀(浜田市長浜町)に総称され、1300年代、岡山備前浅川町字大宮の刀匠盛綱左衛門尉と行政、行久の三兄弟が出羽鉄にひかれて出羽と長浜に移り住み刀を鍛えたことから始まります。長浜刀は行政、行久を始めとし、出羽は盛綱を始祖として、その子の直綱は正宗十哲の一人として有名でです。
 古刀期には約260名(長浜刀工114名、出羽刀工51名、石州刀銘を切るものの他77名、合計242名の記録がある)、石見刀工を特に多く排出した時代は応永、応仁、天文、永禄と戦乱の時期と重なり、その需要と供給の関係に興味深いものがあり、又、貿易品としても生産されました。
 石州長浜刀工は、応永から文禄(1394〜1595)にかけて、百数十人を数え、盛んに刀がつくられたが、周布氏の長州移住とともに四散し、その跡を断つにいたった。又、徳川幕府による鎖国体制への移行とともに、かつての数万振り規模の日本刀輸出は幕を閉じます。
 1425年(室町時代)、嵐に遭って難破した朝鮮の水軍の兵士ら10名が、日本国石見州長浜(現在の浜田市長浜町)に漂着しました。現地の領主であった周布氏は彼らを救助し、衣服や食事を与えて手厚く保護し、対馬経由で朝鮮へ丁重に送り返しました。この人道的な救助劇に朝鮮国王(世宗)は大変感謝し、これを機に周布氏に正式な貿易の許可を与えました。『朝鮮王朝実録』や、朝鮮の使節がまとめた『海東諸国紀』の記録を追うと、周布氏は1425年から1502年(文亀2年)までの78年間に、49回も朝鮮へ使者を派遣(通交)したことが記録されています。
 日本刀は単なる武器ではなく美術品でもあり、中国の銅銭や朝鮮の木綿(当時の通貨代わり)を引き出すための「国際戦略商品」で、あまりの流入量に、明や朝鮮が輸入制限をかけるほどの経済力を持っていました。「山の資源(砂鉄)」「高度な加工技術(刀鍛冶)」「海の出口(長浜・江津)」が揃った、東アジア屈指のハイテク産業地帯でした。ここで生まれた石見刀は、日本の技術力を世界に知らしめる象徴だったと考えられます。
 その後の石見刀工は新々刀期(江戸時代後期の1772年頃(安永年間)から1876年(明治9年)の廃刀令まで)の江戸末期を中心に27名を排出しています。同期に長門より浜田領益田に移り住んだ清重一門が、石州住清重として数代続き清繁らの名工を出しました。そして太平洋戦争時代に浜田市の天津正清を中心に数名が作刀したのを最後に石見刀の歴史を閉じました。
 郷土誌「亀山」に掲載されている刀工を次に記載する。 江尾護国、盛綱(左衞門尉)、行政、行久、林喜、江尾護国、芸州住出雲大椽正光、盛綱、行政、行久、兼綱、直綱、吉真、貞綱、末光、清則、真貞、守利、頼綱、兼綱、貞行、直貞、直重、行貞、頼継、頼綱、直綱、兼安、真包、真綱、正信、清則、貞守、真友、貞綱、貞行、貞継、真元、末貞、末光、末景、惟善、綱貞、豊弘、直重、直綱、弘次、正則、正吉、正利、宗弘、行真、行貞、吉貞、兼継、真有、貞之、貞末、利助、長信、則光、弘綱、正永、林泰、仍房、次弘、兼安、末貞、貞末、真末、祐末、末綱、直守、直貞、正国、正喜、祥末、兼定、兼義、兼長、和貞、清貞、貞行、貞綱、末継、末景、次貞、宮行、兼祥、国祥、国吉、真有、放末、直綱、長舎、長浜、長正、弘末、帽重、正綱、正弘、増重、行光、貞清、重正、末定、宗延、弘能、貞元、宗長、兼長、清延、貞弘、貞昌、末行、末秀、季貞、長広、直友、直真、正元、昌国、行久、吉末、吉俊、祥末、昌貞、貞国、貞行、助吉、康平、祥貞、国吉、貞重、貞祓、貞俊、貞吉、定行、貞羅、貞広、実弘、末久、末祥、末人、綱久、次康、長久、長正、直米、直助、ェ貞、林祥、林喜、宗吉、宗継、道寧、光重、正清、秀宗、広綱、湛貞、兼貞、兼久、清継、宗守、宗長、国重、末次、季久、忠継、忠綱、次弘、次貞、直有、直綱、正直、元貞、行政、嘉重、家貞、貞行、長次、光真、吉重、祥末、祥弘、光貞、金重、家貞、友家、宝栄、宝長、包弘、国義、兼光、次広、光重、盛次、包弘、行広、清重、国重、国吉、国繁、直綱、弘道、政国、行重、嘉重、清忠、清繁、清重、清重、清重、清重、清成、清武、正清、正綱、正光、護国、兼近、清光、清成、秀長、清繁、祐信、盛之、則宗、正清、正留、正兼、正信、直末、長綱、兼辰、兼縄、貞則、貞次、貞休、定弘、秀貞、恒真、高綱、直継、則綱、秀則、宗俊、宗正、正景、恒有、友長、盛国、幸景、久高、求清、天津冨士太正清、半左衞門正清、谷口正兼、横田正留、天津正清、半左衛門、武一(富士太)、弥重善清(才吉)、横田正留(留三郎)、空池正勝、谷口正兼、村上村光・正忠(道政)、藤田正光(政美)、下田嘉光(嘉市)、礒部正信、寺本長三郎、舟木善元、長谷川祐宗

(20260331/亀山、島根県文化人名鑑、石見安達美術館資料、AIほか)